第二章 塩の作り方を知っていますか 223

  食養研究家で「減塩の恐怖」(蝸牛新社)の著者の中嶋氏は「塩田廃止によって塩作りは手工業から機械装置による方法になるために国産塩の独占生産ができる
  またイオン交換膜の継続的な需要が見込まれるため、関連企業にも様々なメリットがあるので、政府への積極的な圧力があったと考えられる」と述べ、企業からの国への働きかけを疑っています

  さらに「「広大な塩田跡地の利用を狙う大企業の思惑と、瀬戸内海工業地帯の育成を目指す通産省などの国側の政策と利害が一致したため、塩田の全面の廃止が国策として行われた」とも述べています

  すなわち塩田廃止は政府の大企業のための政策だったと非難しているわけです。たしかに当時日本の経済は絶頂期にあり、鉄鋼や造船などの重工業、ガラス工業などのソーダ工業、石油や天然ガスを原料とする合成樹脂や合成ゴムなどの石油化学工業、製油工業などが臨海部に広大な敷地を求めていたのも事実でした
  日本の工業は原料を外国に依存しているために輸入しなければなりませんし、また出来上がった製品を海外へ輸出しなければなりません。船での大量輸送が主力となりますので、工場が臨海部にある必要があったわけです
  日本の工業化と塩田廃止の時期が一致したために、工業化のための塩田廃止と嫌疑をかけられたわけです

  また塩田に従事していた人達にとっては、塩作りに対してお金では解決できない誇りもあったでしょうし、自分達の職場を奪われたために、政府に対する反発も相当大きかったものだと思われます。食塩と自然塩との対立点の始まりはここからだとも言われています

 この自然塩運動の中心的な役割をしたのが新食養療法の団体の日本CIの食用塩調査会のちの日本食用塩研究会や自然塩普及会などで「自然な食塩を自由に選択購入する権利を有する」と主張しました

  イオン交換膜塩は膜の溶出などいろいろな点で問題があると指摘しましたが、それらを科学的に証明することは困難なことでした。そのため「ミネラル量とバランス」そして「微量成分の有効性」を問題とする方針に決めたのです。塩の品質レベルは能登の揚浜塩田塩レベルの復活を目指すことにしましたが、国内の塩田が廃止されたため、専売公社が輸入しているメキシコやオーストラリアの天日塩を使うことを決定したのです
  天日塩は塩の中の塩化ナトリウムの割合がすなわち塩化ナトリウム純度が高いので
「海水に溶かして、塩を平釜で炊き直す」ことに決定しました

 

しかし専売公社が輸入した天日塩を海水で溶くと専売法違反になるため「井戸水で溶解してニガリを添加、そして平釜で煮詰めて再び塩にする」再製天日塩を販売することになったのです
  これは本来の海水から直接作った自然塩と比べると劣るものの、高塩化ナトリウム塩
(食塩)よりは、はるかに良質な塩を提供することが出来ると考えたのでした。また自然塩復活運動を発展させるためにも、現物をどうしても作る必要があったからです
  当時のニガリのほとんどはイオン交換膜塩製でしたが、兵庫県の赤穂化成が中国製のニガリを輸入していることがわかり、それを使うことに決定したのです。また昔赤穂化成が塩田で製塩を行っていた会社であることがわかり、製塩に関するノウハウを持っているために製造を委託することも決めたのです。これらの方針に基づいて自然塩普及会などが需要調査を行いました
(天塩の母胎となる) 


   また食用塩調査会は医学博士牛尾盛保氏が会長でしたが、発展的に解消して日本食用塩研究会を設立、初代理事長に大阪府立大学名誉教授武者宗一郎博士が就任されました。そして伊豆大島において専売公社から、試験目的の塩製造の許可を得ることに成功しました(海の精の母胎となる)

 中国地方では香川県扶桑塩業組合の組合員が「イオン化学塩では日本民族が危ない」と警鐘を鳴らし、それに共鳴した自然食養生指導者や伯方塩業の丸本執正氏らが「塩の品質を守る会」を結成しました
  「食物は自然に近いほど良い。化学薬品を使い、化学薬品のように純化された過精製のイオン塩を食用に強制する必然性はまったくない。人畜への安全性も確かめられていない状況で世界にさきがけて急ぐ必要はない」と主張、「生命維持に関わる基本食料の選択の自由を奪うのは、基本的人権の侵害である」という趣旨で「一ヶ所でもいいから塩田を残して欲しい」と関係省庁や各政党などへ陳情したのでした。そしてこの「塩の品質を守る会」が発展改称し日本自然塩普及会となったのです
(伯方塩業の母胎となる) 


   沖縄ではシママース本舗()青い海の元社長である知念隆一氏や「かしこい消費者の会」が「沖縄が本土復帰の時点で専売法が適用され、自然塩が姿を消して化学塩が選択の余地のないままに一方的に押しつけられた

 

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