第四章 自然塩 正体見たり 不純物  411

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第一節 星の数ほどある自然塩

塩の専売制が終了するまでは、多くのスーパーやデパートの塩売り場は食品売り場の片隅の目立たない棚にあり、その最下段に塩が置いてあったものです
  ほとんどがペーパークラフト紙、ビニール袋、ガラスの小瓶に入っている地味なパッケージの塩でした
  それらの多くは国が関与していた
専売塩の食塩、食卓塩などで、棚の中央に鎮座していたものでした


 当時塩が専売制であったために、食塩などは専売塩の販売の許可を受けたお店でしか売ることが出来ない仕組みになっていました
  そのため、あじしお、伯方の塩、天塩、エンリッチ、あらしお、シママースなどの民間業者の塩製品は、申し訳程度しか塩の棚に並んでいませんでした
  これら以外に海の精、小さな海などの会員制販売の塩もありましたが、これらの塩は大蔵省
(財務省)の許可を受けたものです
  前者のあじしおなどは国内の海水を利用したイオン交換膜を利用した塩や外国の塩田で作られた天日塩を加工したものです
  そして後者の海の精は離島などでネットなど利用して濃い海水を作り、それを平釜などで煮詰めた塩です
  法律用語では専売塩に対して特殊製法塩と呼ばれていました

 

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   私たちはこの特殊製法塩を天然塩とか自然塩と呼んでいたのです
  専売制末期の頃になると自然塩を「海水と成分が同じで体に優しい」とか「ナトリウムや塩素以外のミネラルが、たくさん含まれ身体によい」とか
「食塩はミネラルを含んでいないので、身体に悪い」などと自然塩業者の巧みな宣伝や風評が、多く聞こえるようになりました
  その結果私たちの支持が食塩から自然塩や天然塩に徐々に変わっていくようになったのです


    誰でもが塩を製造したり、加工したり、輸入したり、販売したりすることが出来る塩の自由化になると、その傾向がさらに顕著になりました
  消費者は堰を切るように食塩の代わりに自然塩、天然塩を買い求めるようになったのです
  それに応えるようにスーパーやデパートの食品売り場は、大きく様変わりをしました。日陰者扱いだった塩売り場の充実には目を見張るものがあり、今まで片隅においてあった塩の場所を、お客の目に付きやすい場所に売り場を移動させたのです
  それだけではありません、塩の販売に力を入れるために、棚の上から下まで全てを塩に当てたスーパーやデパートなどは珍しくありませんでした

  当時「日本一の自然塩売り場」として有名だったのが高島屋東京新宿店で、食品売り場の一番目につく場所に、すなわち下りエスカレータを降りた傍に塩売り場を設けたのでした
  そこには
100種類以上の塩製品が所狭し並んでいましたが、あの私達がなれ親しんだ食塩や食卓塩の姿は、そこにはもうありませんでした
  かわりに大変カラフルで魅力的なパッケージの塩が溢れんばかりに並べられており、それらの大多数は自然塩とか天然塩と呼ばれる代物でした
  名前も、沖縄、鳴門、赤穂、能登、伯方、長崎、天草などの日本の製塩が昔盛んであった地名が付けられたものもあります。そして地中海、アドリア海、死海とか、アンデス、ヒマラヤ、モンゴルなどの外国の海や山や平原の名前がつけられたものも珍しくありませんでした

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